リスクコミュニケーションと縦割り行政
第1回のニュースレター、なにを書くべきか考えたのですが、リスクコミュニケーションについて最近考えていることをお伝えすることにしました。
私は2021年7月からは、内閣府食品安全委員会のリスクコミュニケーション担当委員として、国の機構の中でも仕事をしています。食品安全委員会の仕事については守秘義務がかかっています。それ以外の仕事をしているときには、フリーの科学ジャーナリスト。いろいろ矛盾があって、苦しみながらも、ちゃんと守秘義務は守って倫理的に仕事をしています。
それはさておき、国の仕組みの中に入ってやっぱり、リアルにわかってきたことがありました。日本の仕組みでは、実効性のあるリスクコミュニケーションを実行するのは難しい。だれかのせい、ではなく、構造上の難しさがあります。
リスクコミュニケーションは、さまざまなリスクとベネフィットについて情報提供しみんなで検討し、総合的な“解”を探そうとすることだと思います(解は、みんなで一致しなくていい)。食品問題は複雑です。たとえば、ある食品には、多数の栄養素が含まれ、さらに微生物や重金属、自然界中の毒性物質などが含まれている。さあ、どうする? どう食べる?
当然のことながら、食品が含む多数の化学物質や微生物等について、リスクとベネフィットを勘案し、リスクは管理してベネフィットを享受したい、となります。
ところが、日本の役所だと、「うちはリスク評価だから、ベネフィットとは関係ない」「うちはリスク管理のうちの汚染物質」「私は栄養担当」……と全部縦割り。よそが所管する内容についてはなにも言えず、実践的なコミュニケーションになりません。食品安全委員会のリスクコミュニケーションでいくら、リスク管理について問われても、答えられないのです。
具体例を出さないとわかりづらいですね。たとえば超加工食品。栄養素の偏り、食品添加物、調理加工により生成する化学物質、容器包装から溶出する化学物質、食べやすいがゆえに食べるスピードが早くなる現象、広告宣伝の力……。さまざまな要素が絡まり合って、非難されるようになっています。一方で、高齢者が負担の大きい調理抜きで食事をできるようになったり、家事の外部化で女性が働きやすくなったり。ベネフィットもたくさんある。だから、これだけ増えているわけです。
では、これからどうするの? 欧米では大騒ぎですが、日本では省庁に動きがありません。個人的に「どう考えたらよいの?」と問われれば答えるし、実際に記事も書いています。でも、食品安全委員会としてどうなのか、と言われると、食品添加物や調理加工で生成する化学物質の一部については説明できますが、「食品中の基準を設定しているのはうちではないので、具体的な基準は消費者庁に尋ねてほしい……」と、モゴモゴ言うしかありません。
超加工食品に限らずさまざまな食品について、多くの人たちの関心は、リスク評価ではなくリスク管理にあります。多くの人が聞きたい「具体的には、どうしたらよいの?」「結局、何を選んだらよいの?」というリスク管理の“解”、行動変容につながるポイントを、食品安全委員会はほとんどの場合、提示できません。
でも、回答しないと「そんなことも答えられないのか!」となります。失望させてばかり。うーん、心苦しい。そして、リスク管理機関も自分たちの所管部分しか、答えません。
縦割り問題は、役所だけではなく、科学者も同様だったりします。多くが自身の専門分野については語っても、総合的な自身の判断を示してはくれません。そりゃそうです。自身の分野から踏み出して専門外の若干あやふやな領域も踏まえて具体的な解を示す。ものすごくたいへん。なのに、積極的にコミュニケーションをとっても、だれも評価してくれない、ほめてくれない。それどころか、批判されたりするのですから。
こうした構造があるので、日本の官や学の食品に関するリスクコミュニケーションは、どうもうまく行きません。多くの人たちの実生活にフィットしない。役立たない。
こんな状態がリスクアナリシスが始まった2003年以降、ずっと続いているような気がします。国の組織に入ったときには「なんとか改善できる部分もあるだろう」と思っていましたが、まったく無理。縦割りで長年機能してきた組織ですから、そう簡単に変わるはずがありませんし、法律上も踏み出すのが難しい面があります。
縦割りの間を埋められるのは民であり、メディアやソーシャルメディアの役割としても大きいなあ、と最近は思っています。が、こちらはこちらで課題が多いですねえ。能力不足もある。この話についてはまた別の機会に整理します。
というわけで、私なりに微力ながらやれることをやって、縦割りの隙間を少しでも埋めることができたら、と今は思っています。この場では、領域を横断しながら総合的に語ってゆきたい。これからよろしくお願いいたします。
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